デス・オーバチュア
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「……なぜ、お前がここに居る……」 「まあ、そんなことよりとりあえず治療しないか、痛いだろう、そのままじゃ」 クロスを連れて戻ってきたタナトスと、ルーファスの最初の会話がそれだった。 ルーファスの光輝剣から放たれた黄金の光がタナトスの体を包み込むと、全ての矢尻が一瞬にして消え去る。 さらに、全ての傷口がゆっくりと塞がっていった。 「その剣、治療までできるの?」 「ああ、お前よりよっぽど役に立つだろう、クロス」 ルーファスは役目を終えた光輝剣を掻き消す。 「あくまで、傷口を塞いだだけで、失った体力や精神力は快復してないから、無理はするなよ、タナトス」 「……ああ、解った。それから……あり……礼は言っておく……」 不器用に礼を言うタナトスを見て、ルーファスは微笑を浮かべた。 「ちょっと、ルーファス。姉様だけで、あたしには何もしてくれないわけ?」 「お前は魔力が空っぽになっただけで、殆ど無傷だろうが?」 「凄まじい勢いで天井に叩きつけられたわよっ!」 「その位で怪我する程ひ弱じゃないだろうが、お前は。その辺の一般人より貧弱な魔術師と違って、体鍛えてるんだろう?」 「うっ……」 確かにあのくらいの衝撃では、別に骨が折れたりもしていない。 「でも、打撲ぐらいはしたかも? 結構背中痛いし?」 「疑問系だぞ、おい。ホントに痛いのか?」 「ううっ……」 クロスは、治療自体をそれ程して欲しいわけではなく、ただタナトスと同じように自分も優しく……気遣って欲しかったのだ。 「もういいわよ! さあ、姉様、先を急ぎましょう!」 「あ? ああ……」 突然、怒ったように奥へ進みだすクロスに戸惑いながらも、タナトスはその後を追う。 「相変わらず突然不機嫌になる……不思議ヒステリーな奴だな」 ルーファスは呆れたように呟くと、姉妹の後を追った。 洞窟の最奥、そこは全面の壁が光り輝いていた。 「まさか、これ全部神柱石……なわけないわよね?」 「当たり前だ、馬鹿」 ルーファスはクロスにツッコミを入れた後、壁面を凝視する。 「……こいつはまさか……」 「知っているのか、ルーファス? クリスタルバレーの壁面にもよく似ていると思うのだが、少し違うような……」 『ピッチブレンド・カルノー石だ』 初めて聞く男の声が答えた。 自分達以外に誰もいなかったはずの場所に、いつのまにか一人の男が存在している。 赤と黒でデザインされたレザーコートを着こなした、無表情な仮面を被った金髪の男が光り輝く壁を背にただずんでいた。 『まあ、簡単に言うとウランなんだよね。プルトニウムって解るかな?』 男の背中から子供の声。 ふわふわ。 どこか間抜けな音が聞こえてきた。 そして、男の背中からそれが姿を現す。 とてもふざけた存在だった。 赤いワンピースを着こなした金髪の幼い少女。 どこがふざけているかというと、少女は浮いていたのだ。 巨大な水晶球に乗って……。 「やっぱり、あれか……まあ、タナトスは神剣に護られているから平気だし、クロスは……丈夫そうだからいいか」 「ちょっとどういう意味よ!? だいたい何の話よ!?」 「ミーティアが簡単に説明してあげるよ」 巨大な水晶玉に乗った少女がクロスの方に近寄ってきならがら言った。 「要はこの物質の放つ放射線ってやつを浴びているとね……ハゲるんだよ、頭がっ!」 「はい!?」 クロスが素っ頓狂な声を上げ、ルーファスは笑いを堪えているようである。 「ミーティア、間違ってはいないが、正確ではない。数日ここに居れば命にもかかわる……それが放射線の効果だ」 仮面の男が口を挟んだ。 「ぷっ、くっくっ……確かに脱毛が一番最初に肉体にでる影響だが……さらに、永久不妊、白内症、紅斑と症状は増え……やがては例外なく死に至る……まあ、そういった危険な放射能を放つ物質なわけだよ」 「放射線? 永久不妊? 白内症? 紅斑?」 ルーファスの説明に、タナトスが疑問の声を上げる。 聞いたことのない単語ばかりだった。 「つまり、毛が抜けるだけじゃなく、皮膚や目に異常が出始めるんだよ。後、子供が産めなくなったり、産めても生まれつき障害があるガキしか産めなくなったり……さらに、晩発障害的にガンや白血病といった質の悪い病にかかるんだよね」 「ちょっと待ちなさいよ! よく解らないけどとにかく凄いやばいものなんじゃないの!? この光を浴びてるだけで死ねる!?」 「まあ、正確じゃないが簡単に言えばそうかな?」 「だったら、なんでそんな平然としているのよ、あんたは!?」 「だって、タナトスは神剣の加護で大丈夫だから、俺の子供を産めなくなる心配とかないしね」 「そういう問題かっ!?」 クロスはルーファスの後頭部を思いっきり殴りつける。 「どうせ、あんただけは平気とか言うんでしょう……?」 「まあね。でも、まったく効果がないわけじゃない。それにウランから作り出せるプルトニウムってやつは人間以外の高次元生命体にも結構良く効く武器が作れたりするんだよ。それでも、それはあくまで他の兵器より効果的ってだけで、人間よりプルトニウムに弱いってわけではないんだよね」 「今はそんなことどうでもいいわよっ! とにかく、こんなやばい場所さっさと引き上げるわよ!」 「いや、俺は別にそれでもいいんだけどさ。このウランって物質、神柱石よりも魔導師とかには価値がある貴重な研究素材だったりするんだけどね」 「あたしは魔導師じゃなくて魔術師よ! それにハゲになったり、子供産めなくなってまで研究なんてしたくないわよ!」 「まあ、そうかもね。ただ命の危険がってのならともかく、ハゲや不妊は女性には大問題かもね」 ルーファスは意地悪く笑いながら言った。 「じゃあ、もう帰ろう、姉……」 「で、あいつらは無視して帰るわけだ?」 「えっ?」 ルーファスの視線の先には、仮面の男と水晶玉に乗った幼い少女がただずんでいる。 「魔導時代、ウランという物質は魔導機や魔導砲などの技術に使われたことがあった。『核』という危険だが莫大なエネルギーを生み出すことに繋がるのでな……そういった意味では価値ある物質だ」 仮面の男はそう説明しながら、ゆっくりとタナトス達の前に近づいてきた。 「博識だな。それとも、お前もあの時代から生きてるのか?」 「さあ、どうかな?」 ルーファスのからかうような問いに、仮面の男は微笑で答える。 もっとも、男の顔は仮面で完全に覆い隠されているため、笑ったような気がしただけだが。 「ここをお前達に教えたのは、おそらくコクマの奴だろうな。そんなに、私とお前達を会わせたかったのか?」 「あははーっ、好きだよね、コクマもそういったお遊びが」 笑いながら、水晶玉に乗った少女も近づいてきた。 「さて、じゃあ、そろそろ名乗ってくれないかな? ファントムなんだろう、お前ら?」 「フッ、そうだな。私の名はアクセル・ハイエンド。一応、ファントムの総帥をやっている」 「総帥!?」 クロスとタナトスが驚きの声を上げる。 「同じく、ファントム十大天使番外位、深淵(ダアト)のミーティア・ハイエンドだよ」 「番外?」 「そう、番外。EXTRA(エクストラ)ってやつだよ」 「エクス?」 「まあ、そんなわけで? 自己紹介ついでにちょっと遊んであげようよ、お兄様」 ミーティアは外見通り、子供らしく無邪気に笑いながら言った。 「そうだな、コクマの思惑に乗るようでしゃくだが、せっかく出会ったのだ、このまま何もせずに帰るよりはその方が面白いだろう」 アクセルは笑いを感じさせる声でミーティアに応じる。 「何よ、やる気? いいわよ、やってあげるわ! ファントムは悪の組織、すなわちその総帥であるあなたは悪っ! 戦う理由は充分あるわ!」 クロスは宣言すると同時に両手の拳をグッと握り締めた。 「どうする、タナトス、無用な戦いってやつかもよ? 確かにこの二人を消した方が世界とか人類とかのためにはなるかもしれないけどね……どうする?」 「…………」 タナトスは答えの代わりに、魂殺鎌を召喚する。 「そっか。じゃあ、危なくなったら助けてやるから、好きなだけ戦うといい」 そう言うと、ルーファスは一人だけ、後方に跳び退がった。 「ちょっと、ルーファス?」 「俺まで参加したら三対二になってつまらないだろう? 観戦に回らせてもらうよ」 「なっ……まったく、いいわよ! 最初からあんたなんかに期待してないわよ!」 「だったら、怒るなよ」 ルーファスは腕を組んで、洞窟の壁にもたれかかり、観戦の体勢を取る。 「タナトス、結局戦うことに『理由』なんていらないんだよ。理由は後付けでもいい、クロスみたいに正義とか掲げてみてもいい……でも、結局、人間も魔族も神族も、あらゆる生命体は純粋に戦うのが好きだから戦うんだよ……それが真理だ」 ルーファスは誰の耳にも届かない小声で呟くように言った。 今回の戦いは何のためなのだろうか? 戦う必要があったのだろうか? もしかして、自分は戦うのが、他者の命を奪うのが好きなだけで、戦う理由を後から探したり、作ろうとしていないだろうか? いや、迷うな。 今はただ戦えばいいのだ。 この死神の大鎌と共に……。 「はあっ!」 クロスの放った右回し蹴りを、アクセルは最小限の動きであっさりとかわした。 さらに、蹴りの直後で体勢の整っていないクロスを、左手の掌底で吹き飛ばす。 「ぐっ!」 クロスの体は洞窟の壁に激突し、めり込んだ。 「滅っ!」 タナトスの放つ魂殺鎌の一撃を、アクセルは軽やかな足取りで余裕ありげに回避する。 タナトスはケセドとの戦いで学んだことを生かし、大鎌をかわされても止まることなく、勢いを乗せたまま大鎌を切り返した。 だが、やはりその一撃もアクセルにあっさりとかわされる。 途切れることのないタナトスの連続攻撃、しかし、大鎌の刃はアクセルにかすることもなかった。 「どんな硬度、どんな威力を持とうが……当たらなければ意味はない」 アクセルの回避行動は、まるで舞でも舞うかのように優雅で華麗である。 「そして、硬度という物もそれ程絶対的な意味を持つものでもない」 「なっ!?」 信じられないことに、アクセルは魂殺鎌の刃を素手で掴み、動きを止めさせた。 「私の手は別に魂殺鎌より硬いわけではない。要はタイミングと力のコントロールだ」 アクセルは左手で魂殺鎌の刃を捕まえたまま、右手の掌底をタナトスの顎に叩き込む。 タナトスは洞窟の天井に叩きつけられた。 「滅殺!」 アクセルの背後にクロスが出現する。 「シルバーナックルゥッ!」 銀色に光り輝く左拳がアクセルの後頭部に迫った。 しかし、銀の拳はアクセルに命中することもなく、アクセルの左掌に吸い込まれるように受け止められてしまう。 「なるほど、あらゆる属性を混合させた魔力を、拳のインパクトと同時に相手の体内に叩き込み、外側と内側の両面から一気に破壊する技か……悪くはない技だ」 「魔力が……いや、拳自体が届いていない!?」 アクセルの掌とクロスの拳は直接触れ合ってはいなかった。 良く見ると、アクセルの掌が薄く光を放っている。 その光の薄膜のようなものがクロスの拳を受け止めていたのだ。 「なんだ、体術を志しながら、闘気が珍しいのか?」 アクセルは小さく掛け声を上げると、クロスを押し返す。 いや、吹き飛ばしたと言った方が正確だろう、クロスは先程と同じ場所の壁に叩きつけられた。 「闘気、魔力、精気、全ては厳密には別物だが、広義な意味では同じものだ。全ては生命力、生物の根元たる力。魔術師は生命力を魔力として消費し、剣士や格闘士は闘気として消費する……もっとも、魔族なんかはそんな細かいことは気にせず純粋にまとめて力(エナジー)と呼ぶがな」 「くっ……」 クロスはふらつきながらも立ち上がる。 「あたしが使うのは……気とか闘気ってやつじゃなくて、あくまで魔力だからね……それはともかく、あなた良いことを言ったわよ……」 「何?」 「あなたの言うとおり、魔力も闘気も所詮、元を辿れば生命力、いわば生命力の余剰分の力を使っているに過ぎない……だったらっ!」 クロスは両手を交差させると、強く大地を踏みしめた。 「南の支配者、奔放たる赤の魔王よ! 血の根元たる夜の王よ!」 クロスの体中から赤い光と衝撃が放たれていく。 「高位魔族との契約魔術? 魔力が足りるわけが……そうか、生命力を直接魔力に変換して……」 「我は汝、汝は我なり、受けよ、赤き戦慄! 赤流剣山(せきりゅうけんざん)!」 「お兄様!?」 「来るな、ミーティア! この術はお前には防げん!」 アクセルは、自分を庇おうと前面に飛び出そうとしたミーティアを制した。 クロスの体中から放たれていた赤い光が集束し、アクセルに直撃する。 「赤い血の華を咲かせっ!」 次の瞬間、アクセルの体中から無数の赤い刃が吹き出した。 「相手の体内の血液を操って、内側から串刺しにして殺すか……地味だがえげつない技だな。ミッドナイトの奴らしい」 ルーファスは赤流剣山をそう評した。 力を使い果たしたのか、クロスは仰向けに倒れて気を失っている。 「お兄様!? お兄様っ!」 ミーティアは血の海に倒れているアクセルの元に駆け寄った。 「……まったく、質の悪い技だな」 「お兄様!」 血の海の中からゆらりとアクセルが立ち上がる。 体中、赤く染まっていない部分は皆無といっていい程自らの血で体中を染めていた。 「魔族のエナジーバリアやミーティアの絶対障壁のような外部からの破壊力に絶対の防御力を持つものでも、今のは防げないだろうな……内側からの攻撃なのだから」 「よく生きてるな、お前……」 ルーファスは感心したというより呆れたように言う。 「伊達に魔人などと呼ばれてはいない。この程度では……まだ私は滅びはせんよ」 アクセルは自嘲するかのように笑った。 「魔族や神族並みだな、肉体よりも精神体の方が本質か……」 人間と違い、魔族や神族は肉体にそれ程重大な意味を持っていない。 その本質は精神生命体であり、エネルギー体なのだ。 肉体はあくまで、人間の世界に干渉するための仮のモノ。 肉体を跡形もなく破壊されても、『滅ぼされない』限り、あくまで『死んだ』だけ、物質的干渉する手段を一時的に失うだけに過ぎないのだ。 長い時間をかけて力を蓄えれば、再び肉体を実体化させ蘇ることすら可能である。 人間の世界の歴史上で、何度も同じ名前の悪魔や魔族が退治されていることがあるのは、そういった魔族や悪魔の不滅の法則ゆえだ。 普通の人間では魔族や悪魔を殺すことはできても、滅ぼすことはできない。 「では、今回はこれで引き上げるとしよう」 アクセルは、魂殺鎌を構えて自分を警戒しているタナトスに一瞥をくれた後、出口に向かって歩き出した。 「じゃあね〜、今度はミーティアとも遊んでね」 ミーティアはタナトスにウインクした後、アクセルの後を追っていく。 「くっ……」 「やめておけよ、タナトス。クロスの与えたダメージがあるから、今なら後一押しで簡単に倒せるなどと思うなよ」 「解っている……今はクロスの手当が先だ……」 タナトスは悔しげにも見える複雑な表情を浮かべながら、アクセルとミーティアの姿が見えなくなるまで見送った。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |